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ぎんがのうち 

永遠に繰り広げられる 光と闇のランデブー。螺旋に揺らぎながら僕らは今日も歌い踊る。

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桜咲く春の日に

桜咲く春の日に
Japanese Spring is comming this year,too.


あの年あの日 君はここに降りたち
幾度もの四季を愛で
芽吹き 花ひらき
風水に 人に交わり
かの年かの日 借り物のそれ
やがていつか儚く散り 土に還る
大空よ 太陽よ
月よ 星々よ 母なる大地よ
君や僕の中に宿る 内なる星よ 輝きよ
瞬きながら 明滅しながら
生死をくるみて
ひとつであれ 永遠であれ
祝福あれ 平安であれ




桜咲く春の日に

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田園 Ricefield Paradice

Ricefield Paradice


田園とは、なかなか美しい響きだ。
稲穂は風に揺られ 水は流れつづける。
太陽に照らされた無数の生命たちが
母なる大地の御胸に共に生かされている。
すべてが繋がりあい循環している。

一粒の米粒から三千粒実るという。
年の実りは翌年に受け継がれていく。
足ることを知り 手仕事を主とし
出来る範囲の愉しみとして行うなら
お金もほとんど必要としない。
自然と親しみながら生きる糧を戴く喜び。

夕日を拝みながらヨガの太陽礼拝を行う。
草の匂いを嗅ぎながら。
なんだかバリ島みたいじゃないか。
Ricefield Paradice

旅は大好きだが遠くへ行かずとも
暮らしの足元に楽園を見いだし
僕らは創造することも出来る。

誰にだって出来る可能性がある。
それぞれの楽園のかたちがある。
ぼくらは既に有り余るほどの恩恵を
大宇宙から与えられているのだから。



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春分の日のこと ‘’Life is comming back“

 
 春分の日の夜のこと 10年ぶりにカラオケにいった。

出会ってもうすぐ10年になる さっちゃんと二人。初めてのカラオケ。

春分のお日様が沈んでから たまには外食でもと 九州とんこつラーメンを食べてから
近所の国道沿いにあるカラオケ屋さんにいった。新しい歌は知らないから学生時代に聞いていた曲を思い出しては 歌った。

先週の木曜日のこと 32年間つづいたタモリさんの笑っていいとも が終了するということで 16年ぶりに小沢(健二)君がテレビに出て番組を旅立つタモリさんのために歌を歌った。以前いいともに小沢君が出演したときに彼の『美しさ』という曲の歌詞をタモリさんが生命の大肯定だねと 小沢君を誉めたこともあって 二人には静かだけど見えない絆があるのだ。
LIFEという彼のアルバムの中のラブリーという曲の中に『LIFE IS COMMING BACK 』というフレーズがある。かつて彼の音楽を聴いたとき まさに人生が還ってきた!って感じた。そんなこともあり10年ぶりのカラオケで16年前に夢中で聴いていた小沢君の歌を歌った。かつては歌うこともカラオケも好きではなかったけど 歌うことを楽しめるようになっている自分に出会った。

たまにはいいね!カラオケに とんこつラーメンも。 

2014年 春分

LIFE is COMMING back!








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『あり(蟻)のままの話』

 『あり(蟻)のままの話』

 タイはスカトー寺でのこと、寝泊まりした建屋のトイレに蟻の群れがいた。ここは森の中だから当然のこと。しかしながら水を流したら、何匹かの可哀想な蟻たちが水に流されてしまった。憐れにおもった僕は蟻たちに相談してみた。これから一週間ここに暮らします。トイレの水も流すことになるから、また君たちが水に流されるのを見るのは切ないので、出来たら僕が滞在する間、トイレから離れてもらえないだろうか。もし君たちが水に流されるのは構わないというのなら構わないけれど。
 
 翌日、トイレから蟻たちは一切いなくなった。話を聞き入れてくれたのだろうか。それから寺での生活に実りを感じていた僕は滞在予定を一週間から1日伸ばすことにした。そしてある日のこと、蟻たちはトイレに突然戻ってきた。あれ!?なんで?!そしてすぐに僕は、蟻たちと交わした約束を思い出した。そうだ。約束の期間の一週間を過ぎている。そ.れから蟻たちに、もう一度滞在を延長した事情を伝えると、次回トイレを訪ねると蟻たちは姿を再び消していた。スカトー寺の蟻たちは約束にも、時間にも律儀なようだった。そして宿を出る旅立ちのとき、お礼を伝えて僕は部屋を後にしたのだった。
 
 
 日本でも冬になり寒くなると鼠が家の中に住みつき、台所を荒らしたりするので困ることがあった。鼠とりシートを一度試したことがあったが鼠の憐れな捕えられた姿と鳴き声に、なんとか殺さずに生かす方法はないかと考えた。それで地道に鼠を見つけては行き場を塞いで外に誘導したりするのだか、このやり方だと鼠は再び、しばらくすると家の中に戻ってきてしまう。まだ小さい鼠はよく見ると可愛い顔をしている。そこでなんとか共生する方法はないかと智恵を絞ってみることにした。台所の食べられると困るものは、鼠が入れないように管理して、別に鼠の住みか用の段ボール箱を用意して中には鼠が食べれる玄米を入れておいた。するとそれからのこと、なぜか鼠は姿を見せなくなった。外へ追い出そうとすると戻ってきたのに、受け入れる心が、わずかながら生まれたら姿を消したのだ。

 蟻も鼠も、面倒な存在だと敵視して排除しつづけたら堂々巡りになり、このような展開にはならなかっただろう。きっと人も同じ。敵だと思っているものの中に、わたし自身の一部を見つけたときに、目に映る現象世界は溶解して全く新しい姿を見せてくれるのかもしれない。色メガネの外れた『ありのまま』の姿を。







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