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ぎんがのうち 

永遠に繰り広げられる 光と闇のランデブー。螺旋に揺らぎながら僕らは今日も歌い踊る。

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8月31日☆星のラブレター

8月31日の星のラブレター


☆暦と体☆


月は満ち、土星の影響を受けています。

土星は月を通して骨格、冷えと収縮に働きかけます。

足腰をしなやかに、かつ安定させる体の動きが

丈夫な体づくりの土台となってくれます。

屈伸運動や伸脚運動で膝まわりの柔軟性を意識して過ごしてみましょう。



☆メッセージ☆


うまくいかないことを周囲のせいにしてしてきたのは、もったいない古い心のあり方です。

今のあなたを取り巻く環境は、過去のあなたの選択の積み重ねの結果。

人生は与えられし限りのある贈り物。

あなた自身の人生の責任を引き受けるなら、

わたしたちは時間と空間の創造主です。



☆キーワード☆


ひきうける、責任を明らかにする、仕組みをつくる、ムダを減らす













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星の巡礼

24歳の5月から6月にかけて、わたしはフランス、イタリア、スペインを巡る旅した。

訪れた先は憧れのパリ、南欧のリゾート地ニース、古都ローマ、水の都ヴェネッチア、
太陽の街バルセロナ、スペインの中枢マドリッド、
中世の古都トレド、歴史の街コルドバ、楽園マジョルカ島。

思い出されるのは数々の出会い。
今にして振り返れば、わたしはいつも祝福されていたように感じる。
パリに到着した夜、宿無しの私を気遣って遠慮なく迎え入れてくれた
カップル。若いわたしはその恩にも気づかずに十分な礼をするでもなく
次に街へでかけてしまったものだ。

わたしはベッドと食事と、フランス風の気取らないもてなしを受けた。
今もう一度彼らに再会したらどんな礼が出来ることだろう。

ノートルダム寺院や凱旋門、セーヌ川を訪れ遺跡の中に積み重ねた時間を読んだ。

そしてニース。バックパッカーのわたしは完全に浮いていた。
朝日を求めひとり岬をめざし歩いた。

ストライキで移動ができなくなり1日空白が出来た日は
バスで小さな街の美術館を目指した。
思い出されるのは街を案内してくれた上下まっ白な服を着た少年の後ろ姿。

たいてい予定をそれたとき時間はいきいきとしはじめた。

そしてイタリア、ローマへ。
トレドの泉、バチカンの大聖堂へ
歴史の重み。馬鹿でかい装飾品。

わたしは小さな街の小さな教会のほうが好ましいと感じ
無知ながらにも政治と権力のキリスト教へに介入を痛感した。

そして同時にイエスキリストという存在の純粋な愛を感じ取った。
そのときわたしが個人的に感じたことは生身の人間であり、焼く尽くす愛にあふれた
ひとりの等身大のいのちの姿だった。

※これはあくまで個人的な感覚でありキリスト教や批判したりする意図は一切ありません。

水の都ヴェネッチア。
大聖堂を訪れたり、カフェでコーヒーを飲んでみたり
観光地化された街でわたしの記憶に残るのは
乗り合い場で水上ボードを静かに待つ年を重ねた地元の老人の輝く笑顔だった。

そしてスペイン。
ああスペイン。
バルセロナな街はすばらしかった。
太陽の街。
みちゆく人に笑顔があった。
手をつなぎ街を歩く中年男女のカップルの姿があった。

そしてご飯がおいしかった。

天才ガウディーのサクラダファミリア
グエル公園
バルセロナだからなしえた仕事

マドリッドから中世の古都トレドへ
到着した日、ちょうど何かのお祭りだった。

夕食をもとめ宿で出会った旅人と街へくりだす。
ガイドブックでお勧めのお店を探すも道へ迷う。
そしてふと気づいたときわたしたちは人ごみの中へ

そこはちょうど街の中心にある教会で
まさにわたしたちの眼前にある教会の正門から
イエスキリストの像が表にあらわれた。
人々は祝祭の歌を歌い、わたしたちもそれにならった。

そう、一年に一度だけイエスキリストが教会から街に繰り出すというその日
その瞬間にわたしたちは立ち会ったのだ。

平和で穏やかな夜だった。

コルドバでは父のことをおもった。
遠くふるさとで異国へ出ることもなく家族のため働き続ける父。
感傷的な気持ちになりながら、遠い異国でわたしが感動し
胸を打つものはなんでもない人々の優しさであり笑顔であり
それが父の中にすでに満ちていたことに気づいた。

父はわたちたちが世界中へ旅をして再発見したものを
旅へでなくともすでに内包していたのだ。

楽園マヨルカ島では時間の不足もあり
自然の風景に感動することはなかった。

心に残るのはやはり出会い。
シャイな同じ年頃の男性。
駅で出会いわたしは持っていた ひまわりの種を薦めた。
わたしたちは共有できる言語がなかった。
それでもわたしたちは言語でないなにかで語りあい
彼は停車駅で黙ってわたしの電車賃を払い
お金を受け取らなかった。

それが彼のこころだった。

地中海のフェリーでわたしは沖縄の島歌を聴いた。
遠くても海はひとつだった。
太陽は輝いていた。

すべての旅を終えて最後のパリの夜
わたしはある言葉を受け取った。


最後の人
最後の最後に役割
今はまだその形がわからなくとも
人々がこまったとき、時代がいきづまったとき
役割が明らかになる


プロローグ

このヨーロッパの旅が引き金となってこの後、わたしはふるさとをはなれた。
そして7年の歳月がたつ

日々の暮らしに喜怒哀楽して生きている
わたしの役割がなんだったのか少しずつ少しずつ明らかになってきている気がする。
それでも時おり、光が薄くなって。そしてまた明るくなって。

まるで昼と夜の繰り返しのよう。

8月8日雨、パウロ・コエーリョの星の巡礼を読んでいて
スペインのことを懐かしくおもいサンチャゴ巡礼におもいをはせているうちに
24歳の旅がすでにわたしにとっての巡礼だったという事実に7年の歳月がかかって
気がついた。

そしてこれを記す。

剣を求める道で
大切なことは、なんのために剣を求めるかだとパウロは伝えくれている。

雷の鳴り響く夜に。
















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